春夏秋冬をかわらずに過ごして

テレビに映る四季ごとの景色に思いを馳せてみる。
窓から見える木々の新緑と伐採が繰り返されます。
そういった視覚情報に頼っていると、
栄光や誰かの運命は誰かの手のもので、
自分の手の届くものじゃないです。

僕の目に映る世界から得られるものは、
僕の手には届かないものばかりに思えてきます。
僕が何かをしたいって言わないのが悪いんです、
ひとりでと、好き勝手見てきて、
結果として残ったのは妄想です。

今、ぼぉっと過ごしていたいと思っても、
次から次へと妄想がよってくる、
そんな妄想を紙やメモ帳に書き綴って、
叫びたい気持ちや歌いたい気持ちを堪えてもいます。
日常を誰かから与えられて、
光あれ!と希望のあるほうへと歩いていけると、
助かるのですが、そんなことは起きないです。
また寝て、起きて、なにかディスプレイや窓に、
かじりついている。

こう感じる心が、
成長出来ているかは分からないですが、
年も相応に重ねていくと、
パソコンのディスプレイやデスクトップに溢れた夢は、
雑然とでも過ごしてきた自分の記録なんだなと痛感します。
明日はどこか、違う空気が吸えたら幸いです。
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